「掬水月在手」慈悲の光は誰にでも注がれる。


 

『掬水手在月』

“MIZU WO KIKUSUREBA TSUKI TENI ARI”

 

月の光は地上のすべてのものに平等に注がれています。

あなたや誰かが無視されることもない。

月のひかりは仏の慈悲であり、仏法そのものであるのです。

自分とはかけ離れた、遠くにある美しい物として月を見ているだけではそれに気づくことはできません。

 

「水を掬する(手ですくう)」という、あなた自身の働きがけ(禅においては修行)があって初めて、月はあなたに入り、自分のものとして感じることができるのです。

<禅の心より>

 

2020年08月27日 (木) | SOMA